B:鉱業廃水 スェアーシロップ
再開発中のカッパーベル銅山より流れ出た廃水から、不浄な魔物が産まれたわ。
採掘師たちが、つけたあだ名は「スェアーシロップ」。
アマジナ鉱山社の自警組織「鉄灯団」が討伐に挑んだけど……
刺すような刺激臭に耐えかね、近づけなかったらしいわ。
~モブハンター談
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ショートショートエオルゼア冒険譚
カッパーベルの再開発もその長い工程の半ばに差し掛かっていた。ここまでは実に順調だった。そのせいか酒場に集う昼組の作業員たちはご機嫌で、その様子をエールの入ったジョッキを片手に壁際のテーブルから遠巻きに眺めていた。
ウルダハ領ホライズンの東にあるこのカッパーベル銅山は約300年前、ソーン朝ウルダハ時代にウルダハ王家によって開れた歴史ある銅山だ。
念入りな調査の上、王国の肝煎りで進められたこの銅山開発は大当たり。目を見張るような鉱脈を掘り当てたと伝えられている。当時は奴隷として買い入れた巨人族を炭鉱夫として使役し、昼夜突貫で掘り進めたらしい。しかし栄枯盛衰。勢いよく掘り進めた銅山はいつしか鉱脈が尽き閉山となったと言われている。
そんな枯れた山を何故アマジナ鉱山社が買い取り、保有していたかと言えば、第七霊災初期その影響で著しく国力が低下したウルダハ経済の建て直しを図るため、砂蠍衆にも名を連ねるアマジナ鉱山社オーナーのフィルガイスが採掘権を王国から買取った。フィルガイスにしてみれば儲け度外視のボランティアのつもりだったらしいが、霊災収束後、品薄になった鉱物の特需が発生。それを好機としてアマジナ鉱山社は保有する鉱山を改めて再調査し、すでに掘り尽くしたと伝えられていたカッパーベルにまだ手付かずの鉱脈があることが分かり、その再開発計画を立案、近年それに着手したのだった。
今やカッパーベル銅山の周辺には無数のバラックが建ち、各国から集まった炭鉱夫がそのバラックに住み着きながら昼夜交代でその再開発事業に参加している。
そうやって人が集まれば必ずもめ事が起きる。また炭鉱夫が飲み食いするので人だけではなく野生の魔獣も集まる。それで我々アマジナ鉱山社の自警組織「鉄灯団」もここに駐留しているというわけだ。
酒場の奥でわぁっと歓声が上がる。また揉め事かと椅子から腰を浮かせたが、その歓声がどっと笑い声に変わるのを聞いてまた安心して腰を沈めた。炭鉱夫たちの機嫌のいいこういう夜の雰囲気はなんとなく良い。手にしていたジョッキのエールを一気に喉に流し込んだ。
「鉄灯団の旦那ぁ~」
酒場の入り口の方から煤で汚れた男が早足に近づいてきた。この男、確か夜番の炭鉱夫だ。
「ちょっと現場まで来てもらえませんか。なんか様子がおかしいんでさ」
その男に連れられるまま鉄灯団の夜番3人は炭鉱の中へ入って行った。
堀っ放しの岩肌に掛けた松明で明りをとっている薄暗い坑内をどれくらい進んだだろうか。
旧カッパーベル銅山は3層構造になっている。閉山後に崩落があったのか、坑道が埋まってしまっている部分があり、そのせいで最深部までの坑道が3分割されていると言った方が正確かもしれない。3層と2層の境となる崩落部分を過ぎた。もうかなり前線まで来たという事だ。何処まで行くのかと声を掛けようかと考えていた時、案内の夜番炭鉱夫の足が遅くなる。
炭鉱夫は振り返りながら言った。
「あそこなんですがね‥」
男が指さした先の壁面に50㎝ほどの黒い穴が開いている。
「えらい匂いがして、作業どころじゃないんでさ」
確かにさっきから嗅いだことのないような刺激臭を感じる。臭いよりも痛いと感じるような臭いだ。手拭いで顔を抑えながらゆっくり穴へと近づく。
穴の中から水溜まりに水を注ぐような音が聞こえる。
穴を覗き込む仲間を見ながら昔老齢のベテランの鉄灯団員から聞いた話をふと思い出した。
「魔物が住み着くような古い鉱山には様々なものが集まる。人にとって良いものもあるが、大抵普段は外気に触れないようなな有害なものや、それの腐臭に集まる悪意のようなものや、人にとって悪いものだ。それは長い年月を掛け鉱物の溶け出した排水と混ざり合い煮詰まっていく。坑道では水には気をつけろ」
ハッとして叫んだ。
「ダメだ!離れろ!」
その時、穴から何か液体のようなものが流れ出た。液体は地面に落ちるとそこに水溜まりを作る。いや、違う。重力に反するかのようにこんもり山のように溜まっていく。
「何だ‥こいつは」
それは粘度の高いゼリーのようだった。そのゼリーが自分たちの背丈より高く山になっていく。
「スライムなのか?」
剣を抜こうとするが、顔から手拭いを離した途端、臭いを吸い込んでもないのに刺すような激しい痛みが鼻や口を襲い、目を開ていられない。
そのスライムのような物体は身体を滑らせるようにうねらせこちらに近づいてくる。
「駄目だ!こいつは俺たちじゃ無理だ」
そう言うと先頭に立っていた団員が踵を返した。
「退避だ!助けを呼ぶ!退避だ!」
その場にいた全員が一斉に地上に向かって走り出した。